メイキング・オブ・これぞ暁斎!(1)イジーとの出会い
Making of "This Is Kyōsai!" (1) : The Beginning of a Beautiful Friendship
イジー(イスラエル・ゴールドマン)に初めて会ったのは 2010年1月。大学院で暁斎研究を始めて3年目のことである。イギリス全土が真っ白に凍った寒い冬の一日、ロンドンを訪ねていた私に、ニコル(・ルマニエール)が突然、「今日、これからイジー・ゴールドマンの家に行きましょう」と告げた。ゴールドマンと言えば世界屈指の暁斎コレクター、「あの作品も、この作品も…」と、画集で見てきたゴールドマン・コレクションの数々が頭の中を駆け巡った。何のおみやげもなしで…とためらう私に、「大丈夫、心配することは何もないよ」と、ニコルが大きな笑顔を向けた。
イジー(イスラエル・ゴールドマン)に初めて会ったのは 2010年1月。大学院で暁斎研究を始めて3年目のことである。イギリス全土が真っ白に凍った寒い冬の一日、ロンドンを訪ねていた私に、ニコル(・ルマニエール)が突然、「今日、これからイジー・ゴールドマンの家に行きましょう」と告げた。ゴールドマンと言えば世界屈指の暁斎コレクター、「あの作品も、この作品も…」と、画集で見てきたゴールドマン・コレクションの数々が頭の中を駆け巡った。何のおみやげもなしで…とためらう私に、「大丈夫、心配することは何もないよ」と、ニコルが大きな笑顔を向けた。
ロンドンを見下ろす丘の上、ハムステッドの閑静な住宅街にイジーの住まいはあった。「Hi!」と出迎えてくれたイジーは、紫のカーディガンを着て、薄茶の丸縁の眼鏡が、眉と口ひげの間に上品に乗っている。丸い顔にキラキラした好奇心いっぱいの目をして、大きく口を開けて明るく笑った。
通されたリビングの、温かみのある薄黄色の壁には、いたずらな目をした愛嬌たっぷりの虎の絵や、洒脱な筆さばきで描かれたネズミやコウモリの絵がかけられていた。イジーと共に暮す、南嶺の虎、是真のネズミとコウモリである。部屋の反対側には、頭を体にうずめて休む鶴と、丸い体を膨らませた兎の香炉が、居心地良さそうに座っている。
私の目は素早く暁斎を探す。正面の壁の中央に、目を閉じ、笑みを浮かべたような表情で岩の上に眠る猫がいる。余裕に満ちた満足げな面持ちで、誰にもおびやかされない己の自由を楽しむ、暁斎の猫である。いい家を見つけたねぇと、つい話しかけたくなる。
美術書であふれる本棚に囲まれた部屋に入ると、奥に、大きく目を見開き、ふわふわの体を柔らかくひねって何かをのぞきこんでいる虎がいる。「この絵に描かれているのは何だと思う?」と、イジーがいたずらっぽく微笑みながら私に尋ねた。虎の目線の先には、ぼかしたような墨の跡。よく見ると、その墨の染みの中に目が二つ。「あぁ、虎が水面に映った自分の顔を見ているんだね!」と答えた私に、イジーは「テスト合格!」と言って嬉しそうに笑った。
イジーは暁斎の蛙の絵がプリントされたマグカップでお茶を出してくれ、2002年に太田記念美術館で開かれたゴールドマン・コレクション展の図録をプレゼントしてくれた。サインをお願いすると、照れながらもメッセージを添えてくれた。
「I hope this will be the beginning of a beautiful friendship!」
(これが美しい友情の始まりとなりますよう!)(※)
(これが美しい友情の始まりとなりますよう!)(※)
以来、イジーが東京に訪れるときには会うようになり、新しい作品を買うたびに見せてもらうようになった。ロンドンに長期滞在をしてゴールドマン・コレクションの調査をする計画を立て、2011年から1年間、大英博物館に寄託されているゴールドマン・コレクションの調査と整理、目録作りを行った。寝ても覚めても暁斎浸けの幸せな日々であった。
ロンドンでの1年が終わり、東京に戻ってからも、また、2013年から2015年までアメリカに住んだ間も、イジーとの連絡は緊密に保ち、ゴールドマン・コレクションには関わり続けた。
私が2011年にロジーナ(・バックランド)からコレクションの整理を引き継いだとき、目録番号は450番あたりまであった。現在は760番を超え、この6年半の間にいかにコレクションが成長したかを物語っている。
その間、ティム(・クラーク)を含むその他数人を除けば、イジーと私でこれらの暁斎作品を独占的に楽しんでいたに等しい。時たま1、2点、すでに知られている作品を展覧会に貸し出したり、出版物に図版掲載を許可する他は、私が研究の成果を論文や口頭で発表する以外、ゴールドマン・コレクションが外に出ることはあまりなかった。出してくれ、見せてくれという要求もほとんどないに等しかったのである。
しかし、年々充実さを増していくコレクションの成長ぶりを見ながら、イジーは「機は熟した」という思いを強めていた。自分のコレクションだけで暁斎展ができる。代表作のみならず、今まで人々が見たことのない初公開作品でいっぱいの、新しい暁斎展ができるという確信を、イジーも私も深めていった。
ちょうどその頃、2013年の初めに、東京新聞が暁斎展をやりたいと考えているという話がイジーのもとにもたらされた。ここから、私たちはそのことを念頭に準備を始める。あらかじめ作った作品のセレクションは、改編を繰り返しながら、徐々に最終的な案へと絞られていった。私は2016年初夏に再び渡英し、大英博物館の客員研究員となって、ロンドンで展覧会の準備を進めた。
同時に、ゴールドマン・コレクションにある暁斎の春画作品すべて網羅した本を、展覧会に合わせて出版することになった。これは2013年の大英博物館の春画展以来、イジーと私でやりたいと話をしていたプロジェクトであった。今回の展覧会に春画を出品できるか分からない時期がしばらく続いたことが直接の契機となり、実際にプロジェクトが動き始めた。春画および西川祐信の研究者で友人の石上阿希さんに共著者になってもらい、幅広い視点から暁斎の春画に取り組む本を目指した。
展覧会が開催となり、春画の本も無事上梓された今、イジーと私はほっと一息つくと同時に、新たなプロジェクトのアイディア、可能性に心躍らせている。杯を交わすときには必ず、私たちを魅了し続ける暁斎への挨拶を忘れない。
「暁斎に乾杯!」
(※)映画「カサブランカ」からの引用。
イジーとモリーを囲んで、『暁斎春画』の著者二人(定村来人と石上阿希)。 |
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