Sunday, November 26

Fondation Maeght (マーグ財団美術館)


Fondation Maeght, Saint-Paul

フランスの南、コート・ダジュールの町ニースからバスでおよそ1時間北西に向かったところに、サン・ポール(St-Paul)という小さな村がある。このサン・ポールのような村は、鳥の巣のように村が丘の上に乗っかっているその姿から、“鷲の巣村”と呼ばれる。(注:日本語で言う“鷲の巣村”のように、フランス語でも一般名詞化して定着した名称があるのかと思ったら、特にそういうわけでもないらしく、「鷲の巣のように高いところに位置した村:un village perché comme un nid d'aigle」のように説明的な表現がよく使われるというだけのようだ。) コート・ダジュール地方には、エズ(Eze)やヴァンス(Vence)など、“鷲の巣村”が多く見られる。中世の時代に、サラセン人(アラブ人やイスラム教徒)に対する防衛のために、このような村が作られたのだという。


The villege of Saint-Paul

サン・ポールは全体が石造りの小さな迷路のようで、細い道がくねくねと、上がったり下がったりしながらいろんなところでつながっている。雰囲気があって絵になるところではあるが、村を一周するのに45分もかからないような小さなところだ。その中世の町から500mほどのところ、上り坂を上がっていって小さな林を抜けたところに、ひっそりと、しかし生き生きとしてそこにあるのが、現代美術のオアシスのような、Fondation Maeght(マーグ財団)である。 この私立の美術館は、エメ・マーグ(Aimé Maeght)氏 [1906-81] と親しかったアーティストたちの作品を中心に、20世紀美術の充実したコレクションを持っている。マーグ出版(Edition Maeght)から出ている本も、面白そうなものが多い。
The entrance of the M.F.

門を入ると、緑豊かな空間が広がり、建物に向かってのびる道の右手にまるっこいミロ、左に軽やかなカルダー、といった具合に、マーグの精霊たちが迎えてくれる。この贅沢で気持ちのいい空間に、いかにも自由で楽しげなミロやカルダーの彫刻の姿を見ると、ふっと息が楽になるようで、何かから解き放たれたような嬉しさが胸にこみ上げてくる。カルダーの大きなモビールがゆらゆらと揺れ、ポール・ビュリィの噴水があちこちから水をこぼし、ブラックのステンドグラスが穏やかな青紫の光を宿し、シャガールのモザイクが楽しげに色を躍らせている。

美術館の入り口を抜けると、すぐにジャコメッティの中庭(cour Giacometti)がある。ひょろ長いジャコメッティ人間やらジャコメッティ犬がウロウロしている中に迷い込めば、頭上に広がる南仏の青い空に向かって自分も伸びていきたい気分になる。先へ進むと、木々や石壁を背景にミロの彫刻があちこちに立っている、“ミロの迷宮(labyrinthe Miró)”だ。ミロの愛嬌のある彫刻たちに導かれるようにして建物の外をぐるりと周り、そしてやっと館中に入っていってみる。
Miró

白を基調として、空間を大きく取った建物の中も、窓から入ってくる光と作品の明るい色にあふれ、なんとも清々しく気持ちがいい。閉じられた空間はなく、いつもどこかへ抜け口が作られている。同じ部屋に置かれたミロの絵や彫刻も、シャガールやレジェの大きな絵も、カルダーのモビールも、それぞれ鮮やかな色を様々に使いながらお互いに邪魔しあうことなく、落ち着いた楽しい空間を作り出している。この建物を設計したのはスペイン(カタロニア)の建築家ホセ・ルイ・セルト(Josep-Lluís Sert)で、バルセロナのミロ美術館を建てたのもこの人だ。モンジュイックの丘の上にあったミロ美術館も、ミロの作品の開放的で明るい雰囲気とよく合った、実に気分のよいところだったのを覚えている。
Inside of the M.F.

建物そのものが大きな作品で、展示されている他の作品と見事な共演をして、ひとつの世界を作り上げている。ふと振り返ると、白壁にすぽんと抜かれた窓が、向こうの空間を切り取って絵のように見せる。白い階段を歩けば、ステップの隙間から向こう側に見えていた青色がだんだん小さくなっていき、代わりに鮮やかな赤が目の前に広がっていく。まるでモンドリアンの絵の中で動き回っているようだ。

ミロの作品の生命力を、カルダーの作品の遊び心を、ジャコメッティの作品の荒っぽいエネルギーの凝縮を、シャガールの作品の記憶世界への飛翔を、ここではのびのびと楽しむことができる。作品も見る人も気持ちよく自然に息をして、こんな幸せな場所はなかなかない。そんな自然と創作が共に作り出したオアシスがここにはある。こんなに遠くなければ、時々行って庭のカフェでお茶など飲み、ゆっくりと時間を過ごしたいくらいだが・・・そのためにはシベリア大陸を越えてゆかねばならないとは。

www.fondation-maeght.com