Emil Nolde (エミール・ノルデ)
画家 [1867-1956],デンマーク
展覧会『色彩と幻想の画家 エミール・ノルデ』(2004年9月18日-11月7日)
東京都庭園美術館にて。
Poster of the Exhibition
この展覧会を見に行ったのは去年の11月1日だから、少し前の話になる。私はそれまでこのノルデという画家のことは少しも知らなかった。分類するとすれば「ドイツ表現主義」に振り分けられることになるのだろう。表現主義というのは、見かけのリアリズムよりも自己の内面の感情を表現することに重きを置く作風のことをいう。その前のフランス革命や産業革命を経て、社会が劇的な変化を体験していた19世紀末から20世紀初頭のヨーロッパでは、美術の表現においても様々な変化があった。これまでの価値観の崩壊や、第一次世界大戦、疫病や性病の蔓延といった経験も人々の心理に大きな影響を与えていたはずで、死に対する執着的な関心や退廃的なムードが強く見られた時代でもある。理想美やモラルを追求するだけの美術のあり方に飽き足らず、もっと人間の内面を探るような表現を求めていくなかで生まれた動きのひとつが、この表現主義だ。
ノルデの描くものは人、風景、花など色々だが、モチーフは何であれ、その鮮やかな色彩が印象的だ。特に今回の展覧会では水彩の作品が多かったので、透明感のある明るい色であふれていた。ノルデの“表現主義的要素”はこの色彩をもって現れてくる。色はその物の色というだけではなく、ノルデがその対象に感じとったもの、その対象とノルデの感情との呼応が生む色なのである。
"Poppy Flower"
夏の日差しに鮮やかに咲く花々に魅了された経験が、ノルデのとっての色彩の重要さに強く関係しているらしい。透明感のある鮮やかな水彩で描かれた花々には、命の輝きがそのままその色となって現れている。この色の輝きはまさに生命の輝きであり、その体全体でそれを表現している花々はノルデにとってたまらない魅力であったに違いない。ノルデのつかみとった生命の輝きを、彼の絵の中のあふれんばかりの色彩に感じて、花草木を描くことがどんな魅力になりうるのかということに、初めて実感として気づいた気がする。
例えばそれが人物画であっても、ノルデの絵の中で色彩は花々のときと同じように、“生命の色”となっている。描かれた人の存在感が、その人の生命のしるしが、色となってあふれ出てくるようだ。踊る女の燃えるような髪の赤やオレンジが、若い女の放つ黄色い光とその身をつつむ青が、木版画の太い黒のベタさえも、その人間の生命が放つオーラとなって現れてくる。彼の風景画を満たすのも、そんな有機的なオーラ、海の、空気の粒子ひとつひとつがまとう生命のオーラであるように感じる。
"Evening Scene of Northern Friesland"
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