Friday, October 6

Uccello et Cartier-Bresson (ウッチェロとカルティエ=ブレッソン)



ルーブルにあるウッチェロの『サン・ロマーノの戦い』を前にして、Henri Cartier-Bressonは感嘆とともに、このようにもらした。

"Il y a les mathèmatiques et tout ça. Il y a le silence. Qu'est-ce qu'on fait après ça?"
「(この絵には)数学とかそういったものがある。そして静けさがある。この後に(これ以上)何ができるだろう?」

映画“Biographie d'un regard”(邦題:『アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶』)の中の一場面である。(注:Fondation HCBにてDVD上映で見たため字幕が無く、聞き取ったフランス語が正確かどうかは分からない。)カルティエ=ブレッソンがウッチェロを好きなのはよく分かる。彼の写真も、構図的面白さが魅力のひとつだからだ。

サラ・ムーンの映画『疑問符』の中でも、“コンポジション(構図)の喜び”("la joie de la composition")と言って、幾何学的構成にへの興味を語っていた。カルティエ=ブレッソンの写真には、ラインの面白さが特徴的な写真がいくつもある。建物の形、雪の上に残る車の跡や線路、光と影の作り出す模様などが、白黒写真の中で効果的に現れてくる。その構図が生み出すダイナミズムは、ウッチェロの作品に通じるものがある。


こう考えてみると、カルティエ=ブレッソンの魅力もウッチェロの魅力も、まさに二次元(平面)としての表現のあり方に由来するものだということに気付く。三次元(立体)表現を追求したウッチェロには皮肉な結果とも言えるかもしれないが、実際、絵画の「平面」というありかたを生かした、表面的なリアリズムにとどまらない、新しい力強い表現を求めた近代以降の目にもウッチェロが面白く映るのは、まさにその平面的効果によるものであろう。

しかしカルティエ=ブレッソンにおいても言えることだが、その作品の力は二次元的世界にとどまるものではない。平面としての構成の面白さ、そしてその奥に広がる世界に見るものを引き込む力。ウッチェロ、カルティエ=ブレッソンの作品は、まず造形的、視覚的面白さによって、そしてそこに広がる世界の奥行きによって、重層的に訴えかけてくる。この作品世界の多層な広がり方こそが、カルティエ=ブレッソン、ウッチェロの力である。

ちなみに、カルティエ=ブレッソンは音楽では断然バッハが好きだという(映画『疑問符』より)。彼の写真に感じる、見事にコントロールされた軽やかなリズム感は、確かにバッハ的であると言えるかもしれない。